生まれた日の六曜・干支の調べ方|誕生日の六曜が毎年変わる理由と日干支
更新:2026年10月15日
生まれた日の六曜や干支は、生年月日から計算で求められます
カレンダーの日付は一つですが、昔からの暦で見ると、同じ日にいくつもの名前が付いています。
- 旧暦:月の満ち欠けで月を数える、明治の初めまで使われた暦の日付
- 六曜:大安・仏滅など6つの名前を、日ごとに順に割り振ったもの
- 干支:十干と十二支を組み合わせた60通りの名前。年・月・日のそれぞれに付きます
- 九星:一白水星から九紫火星までの9つの名前を、年・月・日に順に割り振ったもの。生まれた年の九星を本命星と呼びます
- 二十四節気と七十二候:一年を太陽の位置で24に分けた季節の区切りと、それをさらに三つずつに分けた、約5日ごとの季節の名前
どれも決まった規則で割り振られるので、生年月日が分かれば計算で求められます。この記事では、その規則を、1991年4月18日 07:20に東京都・新宿で生まれた架空の人を例に説明します。和暦では平成3年です。
生まれた日の六曜はどう調べる?
六曜は、旧暦の月と日を足して6で割った余りで決まります。余りが0なら大安、1なら赤口、2なら先勝、3なら友引、4なら先負、5なら仏滅です。
旧暦は、朔(新月)の日を月の初めとし、冬至を含む月を11月とする天保暦(江戸時代の終わりから明治5年まで使われた、日本で最後の旧暦)の規則で数えます。中気(太陽の通り道を30°ごとに区切った点)を含まない月が出る年は、その月を閏月とします(国立天文台「旧暦ってなに?」)。1991年4月18日は旧暦3月4日です。3+4=7で、余りは1なので、六曜は赤口です。
つまり、生まれた日の六曜を調べるには、まずその日の旧暦の月日が要ります。旧暦の月の切れ目は朔の瞬間で決まるので、手で数えるより、計算した暦で確かめるのが確実です。生年月日を入れると六曜・干支・旧暦・七十二候をまとめて表示する「生まれた日の暦」では、旧暦の月日と六曜を並べて表示します。
誕生日の六曜が毎年変わるのはなぜ?
六曜は旧暦の月日から決まるので、新暦の同じ4月18日でも、年によって旧暦の月日が違えば六曜も変わります。この人の最近4回の誕生日を並べると、次のとおりです。
| 誕生日 | 旧暦 | 六曜 |
|---|---|---|
| 2023年4月18日 | 閏2月28日 | 大安 |
| 2024年4月18日 | 3月10日 | 赤口 |
| 2025年4月18日 | 3月21日 | 大安 |
| 2026年4月18日 | 3月2日 | 仏滅 |
旧暦の1年は新暦より約11日短く、閏月の入る年はひと月ぶん戻るので、新暦の同じ日に当たる旧暦の日付は毎年ずれます。2023年は閏2月が置かれた年で、閏月の六曜は元の月(2月)の番号で数えます。
1992年から2026年までの35回の誕生日のうち、大安は7回、仏滅は6回でした。6つの六曜が均等に回るわけではないので、何年も同じ六曜に当たらない人がいても不思議ではありません。
生まれた日が仏滅だったら?
気にする理由はありません。六曜も、後で触れる暦注(暦の日付に書き添えられてきた、日の良し悪しなどの注記)も、昔から暦に載ってきた決まりごとです。その日に生まれた人の人柄や将来を表すものではなく、日の良し悪しに根拠はありません。明治の改暦のときには、暦注の多くが暦から外されました。国立天文台の暦Wikiには「明治改暦においては、中下段の暦注は迷信に過ぎないとして、廃止されました」とあります(国立天文台 暦Wiki「暦注」)。
生まれた日の六曜は、旧暦の月日から割り振られた記号として、記念に眺める程度に読むのがよいと考えています。
年の干支と日の干支(日干支)はどう違う?
干支は、十干と十二支を組み合わせた60通りの名前です(国立天文台「六十干支」)。暦では、年・月・日のそれぞれに干支が付きます。
- 年の干支:「未年」のように、ふだん干支と呼ぶもの。立春で切り替わります
- 月の干支:節入り(立春・啓蟄・清明などの日)で切り替わります
- 日の干支(日干支):1日に一つずつ進み、60日で一巡します
1991年4月18日は、「辛未」の年、「壬辰」の月、「戊午」の日にあたります。年の九星も立春で切り替わり、この人の本命星は九紫火星です。
日干支は、月の長さや閏月とは関係なく、毎日一つずつ進みます。そのため、ちょうど60日後にまた同じ干支の日が来ます。この人が生まれた日の前日は「丁巳」、翌日は「己未」で、次に「戊午」が巡ってくるのは60日後の1991年6月17日です(国立天文台 暦Wiki「干支」)。
年の干支も同じ60通りで巡り、60年後に生まれた年の干支へ戻る年が還暦です。還暦の年の誕生日と、生まれた日と同じ日干支の日が何日ずれるかは、還暦とは|干支との関係、数え年と満年齢、生まれた日と同じ干支の日で計算例とともに説明しています。
立春や節入りで変わるのは、年と月の干支だけ
年の干支と本命星は、立春の瞬間をまたぐと変わります。1900年の立春は2月4日14:51(日本時間)でした。同じ2月4日でも、14時に生まれた人は「己亥」の年、15時に生まれた人は「庚子」の年になります。
一方、日干支は立春や節入りとは関係ありません。1900年2月4日の日干支は、14時生まれでも15時生まれでも「戊申」です。生まれた日の干支を調べるときは、年の干支と日の干支が混ざりやすいので、どちらの話かを確かめてください。生まれた日の暦では、時刻が分かれば立春の瞬間と比べ、分からなければ立春の日から新しい年として数えます。
七十二候と二十四節気、旧暦の求め方
二十四節気は、太陽の通り道(黄道)を15°ずつ24に分けた区切りで、七十二候は同じ通り道を5°ずつ72に分けたものです。一つの節気を初候・次候・末候の三つに分けます。
1991年4月18日は、二十四節気では「清明」の期間でした。清明の入りは1991年4月5日 16:05です。七十二候では「虹始見(にじはじめてあらわる)」で、清明の末候にあたり、1991年4月15日から始まっています。七十二候の入りの日は年によって1日ほど動くので、同じ誕生日でも生まれた年で候が違うことがあります。72候の一覧と調べ方は生まれた日の七十二候の調べ方にまとめています。
暦注も、日の干支や節気から決まります。この日には大明日・母倉日・三隣亡が当てはまります。大明日と母倉日は昔の暦でよい日、三隣亡は家を建てるのを避ける日とされてきたもので、生まれた日の暦では伝統的な暦の情報として載せています。
1900年から1999年までの照らし合わせ
生まれた日の暦では、1900年1月1日から今日までの生年月日を扱います。1999年以前の暦は、次の二つで確かめました。
- 国立天文台の暦象年表と、1900年から1999年までの二十四節気2,400件・朔1,237件の日付がすべて一致しました。時刻の表記は34件が1分違いましたが、どれも分に四捨五入する境目から数秒以内のものです
- 暦の専門サイト(こよみのページ)の計算と、1900年から1999年までの36,524日で、旧暦・六曜・日の干支・日の九星が全日一致しました
こよみのページとは、節入りの日が2か所だけ違いました。1950年1月20日の大寒と、1964年9月7日の白露で、どちらも節入りが真夜中の1分以内にあります。国立天文台の暦象年表は、どちらもこのページと同じ日付です。
この100年のあいだに、閏月は37回ありました。珍しいのは1984年で、1984年11月23日から閏10月が置かれています。この年は、冬至を含む月に中気が二つ入る並びでしたが、規則どおりに数えると閏月は10月の後の一つに決まります。
よくある質問
自分の生まれた日の六曜や干支は、どこで調べられますか?
生まれた日の暦に生年月日を入れると、旧暦・六曜・年月日の干支・九星・二十四節気・七十二候を1枚の記念紙(生年月日から作る、A4 1枚の暦の紙)にまとめて表示し、A4で印刷できます。登録は要りません。
誕生日の六曜は、毎年同じですか?
同じではありません。六曜は旧暦の月日から決まり、新暦の同じ日に当たる旧暦の日付が毎年ずれるためです。
日干支は何日で一巡しますか?
60日です。月の長さや閏月、立春とは関係なく、1日に一つずつ進みます。
生まれた日の月の形も分かりますか?
分かります。月齢と月の形の調べ方は生まれた日の月の形・月齢の調べ方で説明しています。六曜の求め方や暦注の流派による違いは、六曜と一粒万倍日・天赦日の計算方法でも説明しています。
この記事は生成AIを使って作成し、天体の日付は Swiss Ephemeris による計算結果を掲載しています。