生まれた日の六曜・干支・七十二候の調べ方|旧暦と節気から順に求める

更新:2026年9月17日

生まれた日には、暦の上の名前がいくつもあります

カレンダーの日付は一つですが、昔からの暦で見ると、同じ日にいくつもの名前が付いています。旧暦の日付、六曜、干支、九星、二十四節気、そして約5日ごとの季節の名前である七十二候です。どれも決まった規則で割り振られるので、生年月日が分かれば計算で求められます。

空こよみの生まれた日の暦は、これらを1枚の記念紙にまとめます。この記事では、架空の人を例に、それぞれをどの順番で求めるかを説明します。

例にするのは、1991年4月18日 07:20に東京都・新宿で生まれた人です。和暦では平成3年です。

最初に、太陽と月の位置を求めます

暦の名前の多くは、太陽と月の位置から決まります。二十四節気は、太陽の通り道(黄道)を15°ずつ24に分けた区切りで、太陽がその区切りを通る瞬間から次の区切りまでが一つの節気です。七十二候は、同じ通り道を5°ずつ72に分けたもので、一つの節気を初候・次候・末候の三つに分けます。

旧暦の月は、新月(朔)の日から始まります。朔は、太陽と月の方向がそろう瞬間です。この二つの瞬間が分かれば、旧暦・六曜・節月・九星を順に求められます。

例の人の生まれた日は、二十四節気では「清明」の期間でした。清明の入りは1991年4月5日 16:05です。七十二候では「虹始見(にじはじめてあらわる)」で、清明の末候にあたり、1991年4月15日から始まっています。

旧暦と六曜

旧暦は、朔の日を月の初めとし、冬至を含む月を11月とする天保暦の規則で数えます。中気(黄経30°ごとの区切り)を含まない月が出る年は、その月を閏月とします。例の人の生まれた日は旧暦3月4日です。

六曜は、旧暦の月と日を足して6で割った余りで決まります。3+4=7で、余りは1なので、六曜は赤口です。六曜は昔から暦に載ってきた注記で、その日に生まれた人の人柄を表すものではありません。

干支と九星

干支は、十干と十二支を組み合わせた60通りの名前です。日の干支は、暦が変わっても途切れず1日ずつ進みます。年の干支は立春で、月の干支は節入り(立春・啓蟄・清明などの日)で切り替わります。

例の人は、「辛未」の年、「壬辰」の月、「戊午」の日の生まれです。年の九星も立春で切り替わり、本命星は九紫火星です。

年の干支と本命星は、立春の瞬間をまたぐと変わります。1900年の立春は2月4日14:51(日本時間)でした。同じ2月4日でも、14時に生まれた人は「己亥」の年、15時に生まれた人は「庚子」の年になります。生まれた日の暦では、時刻が分かれば立春の瞬間と比べ、分からなければ立春の日から新しい年として数えます。

暦注

暦注は、その日に割り振られた選日などの注記です。一粒万倍日や天赦日のように名前の知られたものから、三隣亡のように建築の習わしと結び付いたものまであります。例の人の生まれた日には、大明日・母倉日・三隣亡が当てはまります。暦注は伝統的な暦の情報として載せているもので、良し悪しを判断する材料ではありません。

1900年から1999年までの照らし合わせ

生まれた日の暦では、1900年1月1日から今日までの生年月日を扱います。1999年以前の暦は、次の二つで確かめました。

こよみのページとは、節入りの日が2か所だけ違いました。1950年1月20日の大寒と、1964年9月7日の白露で、どちらも節入りが真夜中の1分以内にあります。国立天文台の暦象年表は、どちらもこのページと同じ日付です。

この100年のあいだに、閏月は37回ありました。珍しいのは1984年で、1984年11月23日から閏10月が置かれています。この年は、冬至を含む月に中気が二つ入る珍しい並びでしたが、規則どおりに数えると閏月は10月の後の一つに決まります。

自分の生まれた日で確かめるには

生まれた日の暦に生年月日を入れると、ここで説明した暦の名前と、その日の月の形や天体の配置を1枚にまとめて表示し、A4で印刷できます。六曜の求め方や暦注の流派による違いは、六曜と一粒万倍日・天赦日の計算方法でも説明しています。

暦の名前は、生まれた日を振り返る手がかりとして読むもので、人柄や将来を言い当てるものではありません。

この記事は生成AIを使って作成し、天体の日付は Swiss Ephemeris による計算結果を掲載しています。